『響け!ユーフォニアム』二次創作小説の連載を開始します!
はじめまして。
『響け!ユーフォニアム3』の放映までいよいよ秒読みとなりました。筆者も大変楽しみにしているテレビアニメなのですが、この度放映に合わせましてこのシリーズの二次創作小説を連載することと致しました。
その名も
或る、フルート吹きの青春
察しの良い読者の方はタイトルを読んだだけで誰がヒロインになるか想像がつくと思います。
今回、この小説を書くにあたってオリジナルキャラクターを主人公に据えました。
このブログでは、そのキャラクター設定と今後の投稿形態、連載期間などお知らせできればと思っております。
1,作品展開について
まずこの作品は武田綾乃著『響け!ユーフォニアム』シリーズ(以下「ユーフォ」)の二次創作です。原作小説に登場するキャラクターはもちろん、主人公がオリジナルキャラクターのため、主人公を補完するキャラクターもオリジナルで設定しております。
作品の時系列や出来事などは基本的にアニメ、映画準拠で進行しますが、原作でしか挿入されていないエピソードも盛り込む予定です。
原作やアニメで描かれている設定を優先しています。オリジナルエピソードは原作に
差し支えない程度に書き加えていく予定ですのでお楽しみに。
【作品概要】
- 本編と幕間の物語を含め、現状50話前後を見込んでおります。
- 投稿サイトはpixiv、WEB小説投稿サイトハーメルンで毎週金曜日に更新します。
- また、pixivFANBOXでは1ヶ月ほど先行して投稿する他、プランによってはR18作品、特別編、制作秘話を掲載します。
個人的なお願いとなりますが、この連載は時間を切り詰めつつ公開します。よろしければご支援していただけると大変心強く思います。支援により制作活力が生まれ、より良い作品を投稿いたしますことをお約束します。
2,オリジナルキャラクターについて
主人公の名前とプロフィールについて発表します。
樟葉 隆翔(くずは たかと)
男 10月2日/Ο型
北宇治高校吹奏楽部
担当楽器:フルート
身長:175cm
特徴:細身、茶髪、暑がり
趣味:フルート、カメラ、好きなロックシンガーの曲を聴くこと
好きなもの:甘味、猫、うどん
嫌いなもの:暖房、海藻類、人混み、流言飛語
この物語は彼、樟葉隆翔を中心に本編が進んでいきます。
彼は黄前久美子、高坂麗奈、塚本秀一、佐々木梓と同級生です。この世代を中心に扱います。
彼らが大吉山北中学校(以下『北中』)吹奏楽部に入部し切磋琢磨する場面から物語は始まります。物語が進むにつれてプロフィールに書いた内容を落とし込むつもりです。
また北中編フルートパートのメンバーはいずれもオリジナルキャラクターを設定しています。彼女たちの設定も後日公開します。
【「或る、フルート吹きの青春」作品時系列】
3,原作準拠の登場人物
原作でも登場しているキャラクターで主人公樟葉隆翔と大きな接点のある人物を発表します。
佐々木 梓(ささき あずさ)
今作品の第一ヒロインです。近所に住む主人公の幼稚園からの幼なじみで、同じ小学校、中学校を経て成長します。北中編では隆翔に最も近い存在として描かれます。高校はマーチング強豪の立華高校に進学します。
傘木 希美(かさき のぞみ)
北宇治高校吹奏楽部
担当楽器:フルート
今作品の第二ヒロインです。隆翔が北宇治高校二年生の時に出会う三年生の先輩です。北宇治では一番上手いフルート奏者でこの世代のエースとして君臨します。後に隆翔と大きく関わることとなる人物です。
黄前 久美子(おうまえ くみこ)
言わずと知れたユーフォシリーズの主人公です。今作品では隆翔を学校生活で関わるサブキャラクターとして北中編から登場します。
高坂 麗奈(こうさか れいな)
孤高のトランペッター。北中時代からトランペットの実力者として君臨し、北宇治高校でもその実力を遺憾なく発揮するトランペットのエースです。非常に人間味あふれるキャラクターです。たびたび隆翔と対立する重要人物です。
塚本 秀一(つかもと しゅういち)
北中から北宇治高校と隆翔の親友、理解者として登場します。優しい性格と友人思いの性格で北宇治高校三年生編で活躍します。
鎧塚 みぞれ(よろいづか みぞれ)
希美の同級生。オーボエの実力者で、隆翔とは希美を巡るとある出来事の中心人物として描かれます。
黒江 真由(くろえ まゆ)
隆翔が北宇治高校三年生の時に福岡からの転校生として登場します。
上記キャラクター以外にも物語に携わる様々なキャラクターが登場します。楽しみにお待ちください。
4,作品タイトルについて
作品タイトル「或る、フルート吹きの青春」はというタイトルは、筆者の敬愛する映画監督フランク・キャプラの『或る夜の出来事』から取りました。彼の作品では特に『素晴らしき哉、人生!』や『スミス都へ行く』を好んで観ていました。
サブタイトルは主にあらゆるロックバンドの楽曲からランダムに選びました。毎週、どのバンドの楽曲がタイトルに載るか楽しみにお待ちください。
5,更新情報
作品更新情報は主に筆者のX(Twitter)アカウントから発信します。その他作品の文末において次回更新日を記載します。更新日を変更する場合はX(Twitter)にてお知らせします。
筆者X(Twitter)アカウント
https://twitter.com/NicoHaya398
6,次回予告
ここまでお読みいただきありがとうございます。
さて、ここからは「或る、フルート吹きの青春」第1話の予告になります。では、どうぞ。
或る、フルート吹きの青春
第1話 Pop Virus
幼なじみの佐々木梓と共に大吉山北中学校に入学した隆翔は吹奏楽部に入部し、そこで初めてフルートと出会う。小学校のときに習っていたピアノで挫折した隆翔には初めての木管楽器だった。優しい先輩と切磋琢磨し、隆翔はコンクール出場を賭けたオーディションに挑む。
pixivFANBOX:3月26日(火)公開(連続2話投稿)
pixiv・ハーメルン:4月5日(金)公開
公開中のアカウントリンク
関連サイト
©️武田綾乃・宝島社/『響け!』製作委員会2024
『たまこまーけっと』10周年によせて
いつも心に『たまこまーけっと』。京都出町とうさぎ山はいいところ。
新年を迎えて、この年は確変というべき出来事に出会いそうな、それでいて変わらない日常に身を置くような予感がしている。
このほど2013年1月より放映されていたテレビアニメ『たまこまーけっと』が10周年を迎えた。10年前を想起していると、まだ私がアニメに精通するより前であった。たまたま新聞のテレビ欄に載っていたアニメを録画していたが、今思い返すと人生を彩る出会いというのは偶然と巡り合わせによる産物であったと言わざるを得ない。
『たまこまーけっと』を10年間視聴して、その回数は30回を境に数えていない。10年を経て『たまこ』の世界はポリシーと化し、そのアニメーションを骨の髄まで観尽くすことが日常となった。
時間が人を変えるのであり、人は時間をかけて変わるもの。『たまこまーけっと』を通じて、またその後の映画『たまこラブストーリー』で描いてきた人と人との交流である。豆大がひなこさんへ贈った『恋の歌』にあるように、そんなこと言えないけどもち蔵がたまこに愛を伝えたような。たまこに出会って、たまこに恋したのではなく、うさぎ山に恋をして、うさぎ山に囚われてしまったデラのように。なぜなら私も、いつも心に『たまこまーけっと』を持つようになったからだ。
今年一年、『たまこ』への造詣が更に深まって、たまこへ関わり、たまこに魅せられた人たちが少しでも幸せであることを願う。
反復の終わりとその後の世界で。『シン・エヴァンゲリオン劇場版』感想
この記事は2021年3月8日公開『シン・エヴァンゲリオン劇場版 EVANGELION:3.0+1.0 THRICE UPON A TIME』のネタバレ、感想を含みます。
さて、主に私生活の吐き出し口がTwitterにおける私が、このようなところで陳腐な言葉を並べて27年にも及ぶ超大作アニメーションを斬って煮て食べる。そのようなことができようか。
正直のところ『エヴァ』シリーズを初めて観たのは4年前のことで、突然手に取ったきっかけも「ただの暇つぶし」だった。観れば観るほど不可解で、ただ大人の事情に巻き込まれる子供という構図がしみじみと世知辛さを植え付けていく、といった思い出に昇華されていた。
同時期に社会に投げ出されたからこそ、そのしがらみと遣る瀬無さに「仕事だから」と割り切って心はどんどん冷たくなる。
世の中は反復だ。仕事、偶にある褒美、そして飽和する趣味。それらを繰り返して擦り減った身を継ぎ足しているに過ぎない。
では碇ゲンドウの反復とは何だったであろうか。碇ユイの存在する世界の構築に躍起になり、人類補完計画を推進し実行した。全ての終わりは、神に支配されるか、神を殺して人が人ならざる物に変わるか。そこに反復はない。あるのはLCLの形成する身体だけだ。
それはあまりにも虚しいではないか!と叫ぶ私の心は、擦り減った心を継ぎ足した反復によって形成されていた。
そんな虚しさと対を為すけじめと潔さに涙が溢れるのは仕方のないことだ。
けじめを貫いた葛城ミサト。心の強さの根幹を違わず、逃げなかった碇シンジ。最期まで彼への好意を持っていた式波・アスカ・ラングレー。
『THRICE』に隠された物語の数々を受け止める事は視聴者の使命だ。
仕事のような虚しいドラマにも、仕事のように潔い物語の結末を迎えることができたことは、’20年代を生きる中でこの上ない幸福だろう。
最後に庵野秀明監督以下制作スタッフとキャストの方々、長い長い製作期間、大変お疲れ様でした。
©︎カラー
どうしようもなく掬い(救い)上げられている
そりゃ、こんな日だってあるだろうよ。
9月後半は、色んな物事に心身の負担を覚えさせられるような日々の連続だった。
好きだったドラマに出演した俳優は死んじゃうし、人とのコミュニケーションが上手くいかない事が続いたり、そんな心労も他所に時間は進んでいく。
そんなマリンスノウみたく水中で気怠げに漂うことしかできない日々が続いていた。
BUMPに救われたこと、背中を押されたことも多かった。ベース直井由文の件は思ったほど衝撃を受けなかったが、それは過程であって結果的には窮屈な感情が心を占めていた。
でもそんな窮屈を打開したのは、やはりBUMP OF CHICKENだった。
新曲『アカシア』、ポケモンとコラボレーションしたそのPVはとても素晴らしかった。
どうしようもなく、水中から掬い上げられた。
これは繋がりを意識してしまったら、手を離せない呪いなのだ。とても幸せだ。
【隣で君の側で 魂がここだよって叫ぶ】
こんな繋がりに、今日も救われている。
藤原肇『あらかねの器』発売を祝して。
Life isn't about finding yourself. Life is about creating yourself.
『人生とは自分を探すことではなく、自分を創ることだ』
イギリスの劇作家バーナード・ショーは、人生についてこんな格言を残している。今日はそんな一つの人生を振り返るのにうってつけの日だ。
「アイドルマスターシンデレラガールズ」のソロCDといえば「CINDERELLA MASTER」シリーズだ。その56枚目のCDに、藤原肇が歌う『あらかねの器』が収録されることになった。このシリーズが始まって苦節8年と4日の出来事だった。私が彼女に首ったけとなってから約5年なので、それ以上前から好きになった人からすれば、想像を絶する長さであったことは想像できる。様々な見方があると思うが、私も御多分に漏れず今日という日を首を長くして待っていた。それだけに、手にした感動は一入だった。
THE IDOLM@STER CINDERELLA MASTER 055-57 早坂美玲・藤原肇・夢見りあむ
- アーティスト:早坂美玲・藤原肇・夢見りあむ
- 発売日: 2020/04/22
- メディア: CD
今日更新したブログは正にCD発売を個人的に祝い、記録する目的がある。藤原肇を好きになったが故の感動を綴るので、お目汚しになることがあると思うが御容赦願いたい。
歌詞を考察してみたら、彼女の歴史を振り返ってみたくなった。
藤原肇とは岡山県出身のアイドルで、アイドルに憧れ単身上京した16歳の女の子だ。陶芸家である祖父の影響で備前焼への造詣が深く、自身も陶芸家の未来を見ていた一方で、陶芸ではない違う世界を見たい欲求と表現力の苦手意識を克服するためにアイドルの世界へ足を踏み出した。
肇はオーディションで、自身が作った焼き物を披露し、地味で面白くない、これが今の私と批評する。肇の土台には信念である焼き物があって、素人の私には到底理解できない境地に彼女の表現力への悩みがある。彼女をプロデュースしていくことで少しずつ陶芸家の生活が垣間見えてくるので、ストイックな性格にも頷ける要因が数々見えてくる。
肇は地味で面白くないと言った器は自分自身だと自覚した上で、表現の引き出し方や面白さを追求し出す。
しかし、私が彼女に敢えて言うなれば、
肇のポテンシャルは肇が考えているよりも更に高いところにある。
だからこそ『あらかねの器』には感動した。感極まってせっかく淹れたコーヒーが塩っぱくなるほどだ。
結論から言うとこの曲は、山紫水明を愛し大地を讃頌する肇が信念を込めた唄なのだ。ご存知作曲椎名豪さんと作詞森由里子さんによる作品なのだが、歌唱力というハードルを乗り越えたと感じさせてくれる歌だ。この曲を渡したプロデューサーの、お前ならできるだろうという挑発と信頼の様子が目の前に浮かぶようで。
比較や優劣ではないが、私はこの曲が何かのように凄いとか、そういった分かり易い表現で誰かに薦めることが憚れてしまう。「尊い」という言葉はインターネットによってスラング化しどうしても軽く感じさせられる今日だ。しかし掛け値なしに、肇の信念と憧れを真っ直ぐ目指した姿勢は非常に尊いだろう。
揺らめく川面に浮かぶ 星屑を掬い上げてた
ひたむきさを土に込めて
あらかねの器/歌:藤原肇
©︎BANDAI NAMCO Entertainment inc.
ここにおける「星」とは、アイドルへの憧れ。それを魂にある器に注ぐ。拙く不器用だけど、山紫水明を愛する心を歌にする。
つまり「あらかね」とは、精錬を重ねていくことで自信と輝きを兼ね備えていくことだ。それが肇が目指したアイドル像。藤原肇が創ったのは人生そのものだった。
そんな肇に命を吹き込んだのは鈴木みのりさん。私は彼女に首ったけである。以前もブログに認めた彼女への出会いに対する感謝の念を、またここでも綴らなければならない。
下記、鈴木みのりさんを綴ったエッセイ
好きなこと、鈴木みのり、ROUND TABLE、合流。 - 教室窓ぎわのまどろみ
椎名豪さんが手掛けた楽曲を歌うアイドルマスターのキャラクターは総じて「歌姫」と呼ばれている。如月千早然り、高垣楓然りだ。私は彼女らのポテンシャルを司りながら形作られた楽曲を聴いて、惚れて、嫉妬した。こんな名刺のような一曲を担当アイドルが歌ってくれたら幸せだと思った。だからこそ、この信頼は少し残酷でもあった。私の口からは歌姫になれとは言わない。言えば呪いになるからだ。
この曲を歌い上げた肇には、彼女に言いたかった「更に高いところ」を伝えてあげたい。その上で、しっかりと涙を流させてもらう。
鈴木みのりさんに感じた魅力は肇と合致する。そのひたむきさに惚れ込んだ。二人に共通する美意識、それは「過去を嫌いと言わないこと」。肇は備前で築いたもの、備前焼への苦悩。みのりさんは愛知での過去。一意専心、凛とした姿勢、幾つもの過程を経たからこそ彩りを持った。
誰もその魂にある
たったひとつの器
夢を容れておくのならば
磨こう
輝くために
あらかねの器/歌:藤原肇
©︎BANDAI NAMCO Entertainment inc.
今日は祝酒を開ける。一つの可能性が、一つの目標が達成された。受け止め方は人それぞれで、そこに全ての考え方がある。こんなご時世だけど、心に少しばかり余裕が生まれて、色々な考察を読めることを願い続ける。
藤原啓治を悼む -ハッピーエンドばかりじゃない-
私にとっての声優藤原啓治とは、いつまでも頑固で優しくて聡明な親父に命を吹き込む人だった。
出会いは小学生の頃に観た『クレヨンしんちゃん』の野原ひろし。20年以上彼がこのキャラクターを司ってきた。これに勝るものは多分ない。こんな若僧が何言ってんだと思うが、『オトナ帝国の逆襲』は日本のとーちゃんの位置づけであった。誰しもが憧れを抱いた。
次に出会ったのが『たまこまーけっと』で主人公の父親、北白川豆大を演じていた。私においては命よりも大切なアニメだった。この作品には家族がなくてはならないピースであるともに、大人という立場で、子供の巣立ちを見守る役目を担っていた。時に妻を想い、その淡い恋に恥ずかしさを抱いてしまうようなこそばゆい事も大事にとっておくような娘想いの父だった。軒先で向かいの餅屋と喧嘩するような光景は、もう二度と生まれない。
所謂『ハガレン』を観たのは、社会人になってからだった。マース・ヒューズという男は一介の軍人であり、よき理解者であり、一人の父親だった。彼は家族を守るために戦争を戦った。たとえ味方が憐むべき邪悪であっても、彼は一つの家族を必死に守った。娘を溺愛していた彼は、自分が背けてしまった悪に立ち向かい、志を閉ざしてしまった。この作品で、私が最も憧れたキャラクターだった。
2008年に劇場で出会ったトニー・スタークは天才で努力家、の割に女遊びをやめない男だった。11年経って、そんな彼にも守るべき家族が出来た。守るべきものを選ぶこと、そこに自らを計上しない運命があるとすれば、どうしようもなく寂しい。ハッピーエンドばかりじゃない。
何事も、ハッピーエンドばかりじゃないのだ。いつまでもあってほしい物ほど無くなった時の存在感と喪失感は大きくなる。この国は一つの父親像を永久に失った。そして同時に指針となる父親像になった。
助からない命だったかもしれない。そんな運命なら悲しいが受け止める。雨が降る前に、少しでも前を向くべきなのだと。
-Requiescat in pace.
彼への冥福を祈り、感謝と共に安らかに眠れ。